英雄論

金色人種に、破天荒《はてんくわう》なる国会は、三百議員を以て、其開会を祝さんとて、今や仕度《したく》最中なり、私権を確定し、栄誉、財産、自由に向て担保を与ふべき民法は、漸《やうや》く完全に歩みつゝあり、交通の女王たる鉄道は何《いづ》れの津々浦々にも、幾千の旅客を負ふて、殆《ほと》んど昼夜を休《や》めざる也、日本の文明は真個に世界を驚殺せりと云べし、三十年前、亜米利加《アメリカ》のペルリが、数発の砲声を以て、江戸城中を混雑せしめたる当時と今日とを並べ見るの利益を有する人々には我文明の勢、猶《なほ》飛瀑千丈、直下して障礙《しやうがい》なきに似たる者あらんか、東西古今文明の急進勇歩、我国の如きもの何処《いづく》に在る。
 嘗《かつ》て加藤博士が国会猶早しと呼びたるの時代ありき、嘗て文部省は天下に令して四書五経を村庠《そんしやう》市学の間に復活せしめんとせし時代もありき、当代の大才子たる桜痴福地先生が王道論とかいへる漢人にても書きそふなる論文をものせられし時代もありき、ピータア、ゼ、ヘルミット然たる佐田介石師が「ランプ」亡国論や天動説を著して得々乎として我道|将《ま》さに行はれんとすと唱はれたる時代もありき、丸山作楽君が君主専制の東洋風に随喜の涙を流されし時代もありき、如此《かくのごとく》に我日本の学者、老人、慷慨家《かうがいか》、政治家、宗教家達は、我文明の余りに疾歩するを憂へて、幾たびか之を障《さゝ》へんとし、之が堤防を築き、之が柵門を建られつれど、進歩の勢力は之に激して更に勢を増すのみにして、反動の盛なると共に正動も亦《また》盛にして、今や宛然《ゑんぜん》として欧羅巴《ヨーロッパ》ナイズされんとせり、勿論|輓今《ばんきん》稍《やゝ》我人心が少しく内に向ひ、国粋保存の説が歓迎さるゝの現象は見ゆれど、是唯我人民が小児然たる摸倣時代より進んで批評的の時代に到着したるの吉兆として見るべきものにして、余は之れが為めに我が文明の歩を止むべしとは思はざるなり。論じて此《こゝ》に到れば、吾人《われら》は今文明の急流中に棹《さをさ》して、両岸の江山、須臾《しゆゆ》に面目を改むるが如きを覚ふ、過去の事は歴史となりて、巻を捲《ま》かれたり、往事は之れを追論するも益なし、未来の吉凶禍福こそ半《なかば》は大勢に在り、半は吾人の手に存するなれ、我文明を如何《いか》にすべき、是吾人の今日に於て解釈すべき問題に非ずや、呉越《ごゑつ》の人たとひ天涯相隔つるとも、一舟の中に乗ぜば安全なる彼岸《ひがん》に達せしむるまでは、共に力を此に致さざるべからず、来れ老人よ、青年よ、仏教家よ、「クリスチァン」よ其相互の感情に於ては冷かなるも、其宗敵たる位置に於ては相争ふも、此一事に於ては兄弟であれ、手を携ふるものであれ。
 吾人《われら》は今文明急流の中に舟を棹しつゝあり、只順風に帆を挙《あげ》て、自然に其運行に任すべきか、抑《そ》も預《あらか》じめ向て進むべき標的を一定し置くべきか、若《も》し此|儘《まゝ》に盲進するも、前程に於て、渦流、暗礁、危岸、険崖なくんば可なり、柔櫓《じうろ》声中、夢を載せて、淀川を下る旅客を学ぶも差支なしと雖《いへど》も、若|夫《そ》れ我文明の中に疾《やまひ》を存し、光れる中に腐敗を蔵するを見ば、焉《いづくん》ぞ大声叱呼して柁師《かぢし》を警醒せざるを得んや。
 夫れ物質的の文明は唯物質的の人を生むに足れる而已《のみ》、我三十年間の進歩は実に非常なる進歩に相違なし、欧米人をして後《しり》へに瞠若《だうじやく》たらしむる程の進歩に相違なし、然れども余を以て之を見るに、詮じ来れば是唯物質的の文明に過ぎず、是を以て其文明の生み出せる健児も、残念ながら亦唯物質的の人なる耳《のみ》、色眼鏡を懸け、「シガレット」を薫《くゆ》らし、「フロック、コート」の威儀堂々たる、敬すべきが如し、然れども是れ銅臭紛々たる人に非ずんば、黄金山を夢むるの児なり、其中に於て高潔の志を有し、慷慨の気を保つもの、即ち晨星《しんせい》も啻《たゞ》ならじ、束髪|峨々《がゝ》として緑※[#「髟/參」、第4水準2-93-26]《りよくさん》額をつゝみ、能《よ》く外国の人と語り、能く「ピアノ」を弾ず、看来れば宛然たる「レディス」なり、然れども其中に存するものは空の空なるのみ、赤間ヶ関の荒村破屋に嘗《かつ》て野「バラ」の如くに天香を放ちし、烈女|阿正《オマサ》の如き、義侠深愛、貞節の如き美徳は之を貴き今日の娘子軍に求むべからず、蓋《けだ》し吾人《われら》が之を求め得ざりしは其眼界の狭きが為ならん、而《しか》れども方今の人心は其外界の進歩に殆んど反比例して、其撲茂、忠愛、天真の如き品格を消磨して、唯物質的の快楽を遂ぐるに、汲々《きふ/\》たるは、掩《おほ》はんとして掩ひ得べからざるの事実に非ずや、思ふて此に至る吾人は賈生《カセイ》ならざるも、未だ嘗て之が為に長大息せずんばあらず、古来未だ嘗て亡びざるの国あらず、而して其亡ぶるや未だ嘗て其国民が当初の品格を失墜したるに因《よ》らずんばあらず噫《あゝ》今に及んで百尺竿頭、更に一歩を転ぜずんば、吾人は恐る、「古《むか》し我先人が文明を買ひし価《あたひ》は国を亡《うしな》ふ程に高直なりき」と白皙《はくせき》人種に駆使せられながら我子孫のツブヤカんことを。
 夫れ文武の政《まつりごと》、布《しい》て方策に在りと雖、之を活用するの政治家なくんば空文となりて過ぎんのみ、憲法はスタイン先生をして感服せしむるも、民法は「コード、ナポレオン」に勝ること万々なるも、国会は開設せらるも、鉄道は網の如くに行渡るとも、之を利用するの政治家、実業家にして、依然たる封建時代の御殿様たり、御用商人たらば憲法も亦た終《つひ》に何の律ぞ、鉄道も亦終に何の具ぞ、昔し蕃山熊沢氏は曰《い》へり堂宇《だうう》伽藍《がらん》の巍々《ぎゝ》たる今日は即ち是れ仏教衰微の時代也と、宣教師は来りて雲突計《くもつくばか》りの「チョルチ」を打建《うちたつ》るも、洋々たる「オルガン」の音、粛々たる説教の声、如何に殊勝に聴ゆるにもせよ、宣教師にリビングストーン氏的の精神を見ること能《あた》はず、説教者にパウルノックスの元気旺せずんば是れ唯|規《き》に因《より》て線を画くのみ、焉《いづくん》ぞ活動飛舞の精神的革命を行ふを得ん、さなきだに御祭主義なる日本人を促して教会を建て、「オルガン」を買ひ、「クワイア」を作ることを惟《これ》務むるが如きは是れ荘子の所謂《いはゆる》以[#レ]水止[#レ]水以[#レ]火止[#レ]火ものなり、思ふに日本の今日は器械既に足れり、材料既に備れり、唯之を運転するの人に乏しきを患《うれ》ふる耳《のみ》。
 余は信ず、今日に於て我文明をして、有効のものであらしめ、活気あるものであらしめ、永続するものであらしめんとせば、現時の行掛りなる物質的開化の建造と共に更に高尚なる精神的開化の建造に我歩武を向けざるべからずと、更に之を換言すれば、器械|備付《そなへつけ》の業、略々《ほゞ》成れるを以て更に之を使用すべき人物養成に向はざるべからずと、蓋《けだ》し今日の急務実に此一点に存す焉、若し我国をして国会開設の当時に於て慷慨にして而も沈摯《ちんし》なるハンプデンの如きもの一人《いちにん》だにあらしめば吾人は如何に気強からずや、我商業世界に於て独立、独行、良心を事務に発揮する資本家多からしめば、吾人は如何に安心ならずや、我が宗教世界に於て、昔し欧洲に在て震天動地の偉功を奏せし宗教改革諸英雄の如き人傑あらしめば吾人は如何に頼母敷《たのもし》からずや、而《しか》して顧みて実際を見るに、政治の世界は壮士を使用する者に蹂躪《じうりん》せられんとし、宗教家は徒《いたづ》らに博識を衒《てら》ふところの柔紳士となり了せんとす、我霊界も、我物界も、真俗二諦共に是れ風に吹かるゝ蘆底《ろてい》の人物を以て充されんとす、吾人は之が為に浩歎を発せざるを得ず、吾人は之が為に益々人物養成の必要を感ぜざるを得ず。果して然らば如何にして人物を造り出すべき、是れ吾人が此に至りて論決せざるべからざる問題なりとす(一)[#「(一)」は縦中横]世間或は第十九世紀の董仲舒《トウチユウジヨ》を学んで法律、制度を以て人心の改造を企つる者なきに非ず、然れども法律、制度はたとひ十分其効果を奏するも猶人を駆りて摸型に鋳造するに過ずして、其精神元気を改造するの用を為《な》し能ふ者に非ざるは歴史上の断案なり(二)[#「(二)」は縦中横]更に学校教化の作用を借りて人心改造の途《みち》となさんとする者あり、是前法に比すれば固より賢《か》しこき方法なるべしと雖、斯《かゝ》る注入的の教育を以て人物を作らんとす、吾人其|太《はなは》だ難きを知る、昔し藤森弘庵、藤田東湖に語りて曰く、水藩に於て学校の制を立てしこと尋常一様の士を作るには足りなん、奇傑の士は此より迹を絶つべしと学校の教育必しも人物製造の好担保たらざるなり(三)[#「(三)」は縦中横]吾人只一策あり是れ天然の法則なり、是れ歴史上の事実なり、何ぞや、英雄を以て英雄を作るに在るのみ。蓋し観感興起の理、所謂「インスピレーション」の秘奥は深く人心の裏《うち》に潜む、吾人今其如何にして英雄の品格が他の英雄を作り能ふかを弁解せんとする者に非ず、而れども生物が生物を生ずることが生物界の原則たるが如く、英雄の好摸範が更に他の英雄を造るの一事は疑ふべからざるの事実なり、国家若し英雄漢あらんか、一波万波を動し、一声四辺に響くが如く、許多の小英雄は恰《あたか》も大小の環《わ》の如く、中心なる大英雄を取巻きて、一団の人色を造るべし、彼等は斯の如くにして革命を催すべし、国の元気を恢復すべし、其土地の塩となるべし、其世の光となるべし、大学に所謂一家仁、一国興仁、もの是也、西郷南洲氏は、是を以て百二都城の健児を結び、維新の盛事を成せり、十年の争乱を惹起《ひきおこ》せり、新島襄君は是を以て「コンクレゲーショナリスツ」の一派を結び、我日本の精神世界に運動を試みたり、孔夫子は嘗て、是を以て、支那の人心を結びたり、今日も猶其|残喘《ざんぜん》を保ちつゝあり、国の進動する所以《ゆゑん》の者、此に存す、国民若し仰ぎて中心とする英雄|微《なか》つせば、其文明は到底唯物的の魔界に陥らざるを得ず。
 故に今日に及んで、我文明の進路を一転すべきの策、唯国民をして其理想人たるに適ふべき最大純高の英雄を仰がしめて以て国民の品格を高くするに在る耳《のみ》、其教訓、其訓誡を論ずるの外、其如何に世を経過せしかの摸範を示して以て向ふ所を知らしむるに在る耳、唯其言語が訓戒とするに足る耳ならず、併せて其行為を以て訓戒とするに足るべき者を求めて、之を仰視せしむるに在る耳、孟軻《マウカ》氏曰く、伯夷《ハクイ》の風を聞く者は、頑夫も廉《れん》に、懦夫《だふ》も志を立《たつ》る有り、又曰く柳下恵《リウカケイ》の風を聞く者は、鄙夫《ひふ》も寛に、薄夫も敦《あつ》しと、吾人は其生涯の行為、磊々落々《らい/\らく/\》、天の如く、神の如く、「シミ」なく、疵《きず》なく、万世の師範たるに足るものを世界の中に求めて之を頂かざるべからず。
 蓋し大《おほい》なる国民は大なる英雄を奉じ、小なる国民は小なる英雄を奉ず、此理必しもカライル氏を待ちて後に知る程の秘密に非ず、国民の理想とするところ低くんば、其国民も亦低からざるを得ず、国民の理想とするところ高くんば其国民も亦高からざるを得ず、故に吾人は英雄を仰がざるべからず、而して其英雄は最大至純の者ならざるべからず。
 吾人《われら》は今|爰《こゝ》に印度の公子とナザレの木匠とを比較せんとする者に非ず、何となれば、斯る議論は「宗教家」として徒らに争論の資を作るが如きものたるのみならず、其生長の年歴さへ、種々の説ありて殆んど神秘時代に属するが如く見ゆる瞿曇《クドン》氏とヲーガスチン帝の時に生れ、タイベリアス帝の時に殺されし、純然歴史上の人物たるイヱス、キリストとを比較せんことは少しく不倫の嫌あればなり、而れども吾人は爰に確乎たる信用を以て、イヱス、キリストの人品は信《まこと》に世界の師範として仰ぐに足るべきものなることを敢言せんとす、思ふにゾロアスタル、釈迦《シャカ》の如き文籍未だ備はらず考証未だ全《まつた》からざる、時代に属する人は之を置く、歴史以後の人、ソクラテスと雖《いへども》、プレトーと雖、孔丘《コウキウ》、老冉《ロウゼン》、荘周《サウシウ》と雖、之をイヱス、キリストに比すれば、光芒|太《はなは》だ減ずるを覚ふ、是余一人の私言に非ず、又「クリスチァン」の偏説にも非ず、歴史を編む者、悉《こと/″\》く之を認む、ルーサーも之を認め、ギボンも之を認め、レナンも亦之を認む、我日本の精神的改革を図る者|焉《いづくん》ぞ目を此《こゝ》に注がざる、吾人は似て非なる者を悪《にく》む、更に名を宗教に借りて実なき者を悪む、聞く獅子の身中に虫ありて獣王だも、猶之が為に殺さると、彼《か》の宗教の名を以て、世に行はるゝ虚礼、空文は奚《いづくん》ぞ基督教の獅身虫に非《あらざら》んや、それ藩籬は以て侵叛を防げども之が為に其室内の玲瓏《れいろう》を遮《さへぎ》るべし、世の所謂神学なるもの、礼式なるもの、或は恐る之れが為に基督の品格を蔽はんことを、而れども仁を啖《くら》ふ者は穀を割らざるべからず、其永々しき祈祷に辟易《へきえき》し、其クド/\しき礼拝に辟易して、其内に存する甘実を味ふ能はずんば、寧《むし》ろ智者の事ならんや、基督嘗て曰へり我は道なり、生命なり、光なりと真個《まこと》に基督教を脩めんとするもの、真個に基督教を攻撃せんとする者、焉ぞ其本に返りて、基督の品格を研究せざる、庶幾《こひねがはく》は以て無益の争論を止むべし。
 嗚呼《あゝ》、東靡西靡して其日其日の風に任する楊柳的の人物は以て今日を支ふるに足ず、天徳を我になせり桓※[#「鬼+隹」、第4水準2-93-32]《クワンタイ》夫れ吾を如何と云ふが如き、智慧は智慧の子に義とせらるゝなりと云ふが如き、信任なく、独立の思想なく、唯社会の潮勢につれて浮沈するが如き人物は、日本の国運を支ふるに於て何か有ん、心に些《いさゝ》かの平和なく、利奔名走、汲々として紅塵《こうぢん》埃裏《あいり》に没頭し、王公に媚《こ》び、鬼神に※[#「言+滔のつくり」、第4水準2-88-72]《へつら》ひ、人民をアザムク者何ぞ言ふに足らん、今日は実に矯々《けう/\》たる勁骨を以て、信仰あり、平和あり、独自ある所の男子漢を要す、女丈夫を要す、十年以前までは我「サムライ」族は実に英国中等民族の如く世界眼ある者の畏《おそ》るゝ所たりし而して今や彼等は消し去んとす此物質的文明波瀾の中に立ちて精神的文明の砥地たらんとする者は自ら重ぜざるべからず、我「クリスチァン」たる者は深く自ら敬《うやま》はざるべからず。

 

 

エゴイズム小論

住友邦子誘拐事件は各方面に反響をよんだが、童話作家T氏は社会一般の道義の頽廃がこの種の悪の温床であると云ひ、子供達が集団疎開によつて人ずれがしたのも一因だと云ふ。朝日の投書欄では、父親の吉右衛門氏が信州の温泉に遊んでをつて、俺が帰つたところで娘が戻るわけでもないとうそぶいて帰京しなかつたことなど、それ自体がこの事件の真相を語つてをり、住友邦子は住友家の娘であるよりも誘拐犯人の妹に生れた方が幸福であつたのだと云つてゐる。これらはいづれも誘拐といふ表面の事件を鵜呑みにしただけの批判で、この事件の真の性格を理解してゐないやうだ。すべて社会に生起する雑多な事象が常にこの種の安易低俗な批判によつて意味づけられ、人性や人の子たるものの宿命の根柢から考察せられることが欠けてゐるのは、敗戦自体の悲劇よりも更に深刻な悲劇であると私は思ふ。道義の頽廃などと極り文句で片づけるのは文学者の場合は特に罪悪的な安易さであらう。
 この事件の犯人は彼の誘拐したあらゆる少女に愛されてゐるのである。一様に「やさしいお兄さん」であると云ふ。そしてなぜ愛されてゐるかといふと、この犯人は元来金が欲しかつたわけではないので、純一に少女を愛しいたはつてをり、そのために己れを犠牲にしてゐる。自分は食べずに少女には食べさせてやり、野宿の夜は少女のために終夜蚊を追つてゐるのである。こゝにこの事件の特異な性格が存してをるので、犯行それ自体は利己的なものであつても、少女に対する犯人の立場は自己犠牲をもつて一貫され、少女の喜びと満足が彼自身の喜びと満足であつたと思はれる。彼は半年一緒に暮した潔子には、家へ帰りたければ帰してあげると云つてゐたといふが、すでに少女の帰りたがらないことを見越しての自信からとは云へ、本心からのいたはりもあつたに相違ない。彼は強制してゐない。潔子は御飯をたいてお握りをつくつてくれたが、邦子は炊事を知らなかつた。さういふ相違に対しても、自分の便利のために邦子と潔子と同じ働きを強要することはせず、少女の個性に即して自分の方を順応させ、自己を犠牲にして意とせぬだけの本来の性格をもつてゐるのである。
 かういふ犯人にかゝつては、潔子や邦子の頭の悪さ、とか、世間知らず、といふことによる説明は意味をなさない。あらゆる少女が誘拐せられてむしろ充たされ、犯人を慕ひなつかしむに相違ない。
 家庭は親の愛情と犠牲によつて構成された団結のやうだが、実際は因習的な形式的なもので、親の子への献身などは親が妄想的に確信してゐるだけ、却つて子供に服従と犠牲を要求することが多いのである。一般の母親は子供の個性すら尊重せず、A子の長所を以てB子をいましめてゐるもので、盲目的に子への献身や愛情を確信してゐるだけ始末の悪い独裁者であると知るべきである。
 何事によらず、真実エゴイストでないといふことは、究極に於ける勝利であるにしても、この現世には容れられない。彼等の自己犠牲は現世の快楽を否定してゐるものではあるが、その意味に於ては自ら充たされてをり、現世の苦痛は必ずしも、彼等の苦痛ではない。然し彼等は世の秩序から迫害される。キリストがさうであつた。釈迦もさうだ。彼等の道は荊棘《けいきよく》と痛苦にみたされてゐるが、究極に於て彼等は「勝つ性格」にある。ゴッホもゴーガンも芭蕉もさうだ。芸術のために彼等の現世に課せられたものは献身と犠牲であつた。
 すべて偉大なる天才たち、勝利者たちはエゴイストではなかつた、といふことができる。
 然し我々凡夫の道、一般世間人の道はあべこべで、社会秩序や共同生活の理念はエゴイストでないことや自己犠牲の如きものを根幹としてをらず、他に害を与へぬ範囲に於て自己の欲望の満足、現世の悦楽をみたすことを基本としてゐるものなのである。キリスト教徒はキリストの苦痛を自ら行ふことではなく、キリストの犠牲に於て彼等の現世の幸が約束せられてゐるのだ。我々はキリストが最高の人格であることを知つてゐる。とはいへ、我々すべてがキリストの如き人格であらねばならず、我々の日常生活にキリストの如き自己犠牲が要求せられたなら、我々は悲鳴をあげるのみならず、反抗し、革命を起すにきまつてゐる。最高の人格やモラルは我々の秩序にとつては異常であり、その意味に於て罪悪と異るところはない。我々の秩序はエゴイズムを基本につくられてゐるものであり、我々はエゴイストだ。
 私は十数年前に一人の女を知つてゐた。人妻であつたが千人の男を知りたいといふ考へをもつてをり、大学生などと泊り歩いてゐた女で、そのうちに離縁され花柳病になつて行き場に窮して私達のアパートの一室へ転がりこんできたので、自分の欲望のため以外には人のことなど考へることのない女であるから、男にも女にも友達がなく、行き場がなかつたのである。私達のアパートといふのは東京ではなく、ある地方の都市で、私はくされ縁の女とそんなところへ落ちのびてきて人は(私は)なんの為に生きるのであらうかと考へて、その虚しさと切なさに苦悶してゐた。私は毎日図書館へ行つて、仕方なしに本を読んでゐた。自分が信頼されず、何か書物の中に私自身の考へごとが書かれてゐないかと、然し、私は本をひらいてボンヤリするだけで本も読む力がなかつたのだ。ころがりこんできた女は花柳病の医者へ通つてゐたが、その医者を口説いて失敗したさうで、ダンスホールへ毎日男をさがしに行き、毎日あぶれて帰つてきて、ひとりの寝床へもぐりこむ。その冷い寝床へもぐりこむ姿がまるで老婆のやうで色気といふものが微塵もないので、私は暗然たる思ひになつたものだ。
 私はそのとき思つた。男女の肉体の場ですら、この女のやうに自分の快楽を追ふだけといふことは駄目なのだ、と。マノン・レスコオとか、リエゾン・ダンヂュルーズの侯爵夫人の如き天性の娼婦は、美のため男を惑はすためにあらゆる技術を用ひ、男に与へる陶酔の代償として当然の報酬をもとめてゐるだけの天性の技術者であり、そのため己れを犠牲にし、絶食はおろか、己れの肉慾の快楽すらも犠牲にしてゐるものなのである。かゝる肉慾の場に於ても、娼婦型の偉大なる者はエゴイストではないのである。エゴイストは必ず負ける。家庭がかゝる天性の娼婦に敗れ去るのは如何とも仕方がない。
 芸術の世界も亦さうだ、エゴイストであつてはいけない――私はそのころから、エゴイストといふことに今もなほ憑かれてゐるのだが、今もなほ私には皆目わからないのである。私は無償の行為といふことを思ひつゞけてきたばかりで、今もなほ私に何も分らないのは無理はない、思ふ世界ではない、行ふ世界なのだからだ。
 人は道義頽廃といふ。だが、彼等の良しとする秩序とはいつたい何物であるのか。行きくれた旅人を泊めてもてなしてやつたから美談だといふ。この旅人が小平のやうな男で、親切に泊めたばかりに締め殺されたらどうするつもりなのだ。フランスの童話にあるではないか。赤頭巾といふ可愛いゝ親切な少女は森のお婆さんを見舞ひに行つて、お婆さんに化けてゐた狼に食べられてしまふ話が。だから親切にするなといふのではなく、親切にするなら小平や狼に殺される覚悟でやれ、といふことだ。親切にしてやつたのに裏切られたからもう親切はやらぬといふ。そんな親切は始めからやらぬことだ。親切には裏切りも報酬もない。小平や狼の存在が予定せられ、親切のおかげで殺されても仕方がないといふ自覚の上に成立つてゐる絶対の世界なのである。
 いつたん裏切られれば崩れてしまふやうな親切を美談だと云ひ、道義頽廃嘆くべしといふ、それ自体浅はかなるエゴイズムではないか。闇の女は自由と放恣をはきちがへてゐる困つた代物だといふのだが、家庭を呪ひ自由をもとめて飛び出すのは闇の女には限らない。出家遁世も同じことではないか。闇の女になるには坊主になるよりもつと苦しい一線を飛び越す必要がある。出家遁世はほめてくれる人はあるが、闇の女は世の指弾を受けるばかりである。諸君は罪を知つてゐるか。罪とは何ぞや。貞操を失ふ女は魂の純潔も失ふ、と。然り。家庭に安住する貞淑にして損得の鬼の如き悪逆善良なる奥方を見よ。魂の純潔などはない。魂の問題がないのである。
 ラスコリニコフは淫売婦に跪く、彼女は汚辱にまみれてゐるがその魂は一滴の淫蕩の血にも汚されてゐない、と。そして偉大なる罪に跪くのである、と。私はそんな甘つたるいことは考へてゐない。私の知るソーニャやマリヤはみんな淫蕩の血にまみれ、そして嬉々としてゐるのである。私のソーニャは踏みつけられたり虐げられたりはしてをらず、ノラの如くにとびだして、然し汚辱に向つて自らとびこんできたのである。まさしく自由と放恣とはきちがへてゐるのである。
 だがこの世には真実自由なるものも、真実放恣なるものも存在してはゐない。自由といふものが如何に痛苦にみたされたものであるかは、我々芸術にたづさはるものが身にしみて知つてゐる。芸術の世界に於てはあらゆる自由が許されてをるので、否、可能なあらゆる新らしきもの、未だ知り得ざるものを見出し創りだすことをその身上としてゐるのである。才能には何の束縛もない。だが自らの才能に於て自由であり得た芸術家などは存在せず、真実自由を許され、自由を強要されたとき(芸術は自由を強要する)人は自由を見出す代りに束縛と限定を見出すのである。
 私が戦時中嘱託をしてゐた某映画会社では、演出家達は組合制度だか順番制度だかそんな風なものをつくつて、各自の才能の貧困をそれによつて救済するやうな組織をつくつてゐたやうであるが、順番制度といふやうなもので才能の分配が行はれるやうになれば、なるほど楽であらう。秩序とは万事かくの如きものであり、才能の自由競争は組合違反とくる。芸術の世界に於てはかゝる秩序の馬鹿らしさが分るけれども、一般社会に於てはそれが分らぬのである。
 放恣とてもさうである。人を裏切る者は自らも亦裏切られる。権謀術数、可能なあらゆる悪策鬼略に自ら傷き、裏切る故に裏切られ、戦国時代の豪傑どもも保護の上で束縛され安眠したいと思ふやうになる。どんな卑劣な手段を用ひても勝てばよいといふ宮本武蔵の剣法が衰へ、形式主義の柳生流が謳歌せられるに至るのも、豪傑どもが剣道本来の激しさに堪へ得なくなるのである。かくて虚妄の正義は誕生する。

 ゼネストが他に迷惑を与へることによつて反感を買ふ。然し要求の当然な権利は認めないわけに行かない。エゴイズムはエゴイズムによつて反逆され復讐されるのである。道義の頽廃を嘆くことのエゴイズムも同じこと、如何に嘆いてみたところで夫子《ふうし》自らの道義なるものゝエゴイズムをさとらなければ笑ひ話にすぎないだらう。闇の女も出家遁世も単にエゴイストにすぎないが、要するにエゴイズムはエゴイズムによつて反逆される。仕方のないことではないか。家庭や秩序の永遠なる平和などといふものは有りうるものではない。
 芸術は如何なる時にも永遠なるもの、絶対なるもの、真善美のために戦はれてきた魂の足跡であるが、決してかゝる秩序の軽率な味方ではなかつた。
 日本の復興には道義、秩序の恢復が急務だといふ。だが本来エゴイズムの道義にはよけいな理窟はいらないので、電車の数が多くなれば誰も押し合ふ筈はなく、物が出廻れば闇屋はなくなる。物質の復興が急務である。もしそれ電車の中で老幼婦女子に席をゆづる如きことが道義の復興であるといふなら、電車の座席をゆづり得ても、人生の座席をゆづり得ぬ自分を省みること。下らぬ親切は余計なことだ。人に親切にするなら小平や狼に殺されるのを自覚の上で親切をつくすこと。私は電車の座席をゆづつて善人ぶり、道義の頽廃を嘆く人よりも、誘拐犯人の樋口の方をはるかに愛す。俺が帰京したところで娘は戻らぬといふ吉右衛門氏の言葉の方が重々尤も千万なので、まさに御説の通りであり、道義頽廃などと嘆くよりも先づ汝らの心に就て省みよ。人のオセッカイは後にして、自分のことを考へることだ。

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